シール帳

はってはがせるたのしいシール帳

香坂さんとチューバ 架空の思い出一生の

これは中高の部活動レベルでの物言いだけど人気の楽器ってあったでしょやっぱ。中低音パートを担当する楽器は希望者募っても静かなもので、チューバってなかでも特に余りものだった。ホルンとかトロンボーンとか弦バスとか形が物珍しいし、静かではあるものの数人希望者が現れるけどチューバだけは別格に不人気だったよね。お前の学校の吹奏楽部なりが低レベルだからだよってそれはまあそうなんだけど中高の部活動なんて底辺がほとんどだからさあ、チューバは体が大きい子が暗黙の了解でやらされるものだったんだよ。どこの底辺部活動でもそうだと思うよ。わたしも小学生のときチューバやらされたし。華奢な女の子ばかりの金管部で、楽器決めで先生から直接指名されたよ。なんで自分がチューバなのか言われなくても分かるから断れないんだよね。高校生にもなれば希望してなかった低音パートにも楽しさを見いだせたと思うけど、小学生なんてもう。なのでまあ、チューバって私の中の苦い思いと不幸にも結びついてしまってた楽器であるんだけど、香坂さんはなんと、チューバを担当しているんです!香坂怜さんがチューバを吹いているという事実は、「この場で一番太ってるから」でチューバをやらされてた人間を過去に遡って救うんです。これ分かるかなあ、分からなくても分かって欲しいよ。だってさ、だって、あのとき、香坂さんが私の横にいたら。香坂さんはトランペットを吹いていて、私の吹いているチューバに興味を持って。そんなふうに、抱きしめるみたいに構えるんだね、って。ねえ少し持ってみてもいい?って、古い音楽室の、塗装の禿げた軋む窓辺で。わあ重たいんだね。マウスピースも大きいなあ。ちょっとふらふらしちゃう。でも、かっこいい。それに安心する。大きくて、重たくて、誰からも守ってくれる気がするもの……。香坂さんとは中学は別々になり話す機会もなくなったけど、県大会当日の朝、会場のホールで見かけるの。大きなケースを抱えて歩く香坂さんがいて、あのケースの中身はチューバだって、すぐに分かった。香坂さんの背筋はいつも真っすぐ伸びていて、重たいチューバケースを運ぶときでさえ傾かないのだった。本当は、今すぐにでも駆け寄りたかった。中学校はどう?自由曲はなにをやるの。香坂さん、チューバ吹くんだね……。私は左肩のアルトサックスのケースをかけ直して、ずっと見ていた。県立会館の広い廊下をひとり真っすぐ歩くその背中を、いつまでも見ていた。…

 

香坂さんはどうしてチューバを選んだのかなあ。知りたいなあ。

婚約者用意するような親だから、娘に楽器を習わせようってチューバを渡すか?というのがあり、クラリネットとかフルートとかバイオリンとかとにかく花形かつ女の子らしいという印象を与えられる(と両親は思い込んでいる)楽器をやらせたがりそうじゃん。香坂さんがチューバを吹いていることには強い意思を感じずにいられない。香坂さんの趣味がプロレス観戦なこととかも重ねてしまいます。宮崎を出て横浜の音楽科に通い寮生活をしスタオケに所属していることよりなにより、香坂さんの抵抗であり武器になっているのがチューバなのかもしれない。香坂さんとチューバが重ねてきた時間と歴史はゆいでさえも超えることはできないんだよな。金色のコルダだ……

音楽一家で両親ともにチューバやってたから選択肢なんて初めからなかったという線もありますが、香坂さんが好きでチューバやってたらいいなって、思うんだよ。